火炎と水流
―邂逅編―


#7 始まりの始まり?

   

次の日。水流が教室へ入ると、何となくクラスの雰囲気がちがう気がした。
「あ、谷川君。お早う」
「ああ。お早う。なあ、何だか、みんな、妙な感じしねえ?」
水流が怪訝そうな顔で水原にきいた。
「そうかな? いつもと変わらないと思うけど……」
と、水原は言った。確かに、教室もクラスメイトも変わってはいない。が、何となく違和感を感じた。その原因が教室の隅にいた。男子が三人、固まって何かこそこそ言っていた。
(あんな連中いたかなあ? いかにもガラが悪くて感じの悪い奴)
と、水流が訝しく思った時、突然、女の子が話しかけて来た。陽子だった。
「あの、谷川君。昨日はありがとう」
「あ、いや、大したことじゃねーよ」
水流はテレ笑いした。

「ところで、ねえ、昨日の数学の宿題、やって来た?」
いきなりきかれて、水流は戸惑った。
「えっと、数学って何だっけ?」
「宿題よ。問題集の二十七ページをやって来るようにって」
水流があいまいに返事すると、隣の水原が口をはさんだ。
「やって来なかったのか? 村井先生、うるさいぞ」
「そうよ。わたしのノート貸してあげるから、今のうちに写した方がいいわよ」
「え? そりゃ、どうも、ありがと」
と、水流は言ったが、開かれたノートを見ても、水流にはチンプンカンプンだった。
「うーん。これがあーなってこーなるのか……」
などと、ノートを見てはもっともらしくつぶやいてみたりする。

「難しいよね。連立方程式。おれも、陽子ちゃんに教えてもらおうかな?」
と、水原がのぞき込む。
「いいわよ。谷川君も全然わかっていないようだし、いっしょに教えてあげる」
と、陽子がクスリと笑って言った。水流は方程式どころか何だかわからない模様を書いては、うーんと、えんぴつを鼻の下にはさんだり、耳をかいたりしていた。
「うん。おいら、お手上げ。頼むよ。陽子ちゃん」
と、言って笑った。
「へえ! おれにも教えてくれよ。陽子ちゃん」
背後から野太い声がした。
「五十嵐さん」
水原が言った。近くにいた生徒達がサッと左右に分かれ、彼らに場所を空けた。先程、水流が目につけた連中である。中でも大柄な五十嵐が、サッとノートを取り上げた。

「ホウ。さっすが陽子ちゃんのノートは字がきれいでわかりやすいねえ」
「あ、ダメよ。五十嵐君、返して!」
陽子があわてて取り返そうとするが、五十嵐は高く掲げてニヤついている。
「いいじゃねーか。おれにも見せろよ」
陽子は困ってうつむいた。周りのみんなも互いに顔を見合わせているだけで何も言わない。
「だったら、ここにはいつくばって見たらいいだろ?」
と、突然、水流が言った。
「何?」
五十嵐が水流をジロリとにらむ。
「おい。よせよ。谷川、まずいよ」
背後で水原が小声でささやく。
「何がまずいんだよ? 大体、おいらが先に見せてもらってたんだぞ! 返せよ!」
と、水流がくってかかった。

「へえ。こいつは驚いた。随分元気のいいチビがいるじゃねーか」
「五十嵐さん。こいつ、昨日、転校して来たばかりで何も知らないんです。勘弁してやってくださいよ」
滝本が言った。
「ホウ。転校生ね」
と、五十嵐が見下すように言った。
「おいらはチビなんかじゃねーぞ! 谷川水流って立派な名前があるんだからな!」
「ヘエ。で、その谷川君が何を言ってるのかな?」
「ハーン。おめー、中学生にもなって言葉もわかんねーバカなのか?」
不敵に言う水流に、五十嵐の細い目がキラリと光った。
「おい。よせってば。相手が悪いよ」
と、水原がそでを引っ張った。が、水流はそれを振り払って前に出た。

「返せ!」
「何をだい? おれは何も持っていないぜ」
と言って、ノートを後ろの仲間に渡すと両の手のひらをヒラヒラ振って見せた。
「ちくしょー! テメーら、汚ねーぞ!」
「まあ、いやだ。さっすが山ザル。転校生はお下品ね!」
と、とりまきの男子が言うと、ゲラゲラ笑った。
「返せ!」
水流が連中の方に突進する。が、彼らは、そんな水流を嘲笑うように手から手へ、ポイポイとノートを回し、取らせないようにしている。
「チキショー!」
水流はムキになったが、陽子が叫んだ。

「やめて! 谷川君。もう、いいの。もう、いいから」
だが、水流は後に引かなかった。何度あしらわれても、果敢にアタックをかける。
「やめて! 谷川君。お願いだから……」
「いやだ!」
水流がつっぱねた。
「こういうこと許してるから、いつまでたっても人間社会の『いじめ』がなくならねーんじゃねーか! おいら、こういうの大っ嫌いなんだ!」
「オーオー。よく言うぜ。山ザルが。正義のヒーローにでもなったつもりなのかい?」
「そうだ。そうだ。こいつが欲しけりゃ、ここまでおいで。そーれ」
ホイと投げたノートを追って、水流が飛びつく。が、またも空振り。三人はゲラゲラ笑う。

「谷川君……」
心配そうな陽子。と、次の瞬間。水流は、どちらの方向にノートを投げようとしているか先読みし、そこに向かってダッシュした。そして、ノートをキャッチした……と、思った瞬間。脇腹に衝撃が走った。ぐっと思わず、息が詰まる。五十嵐の手下の一人が水流にタックルをしかけたのだ。水流は吹っ飛び、机や椅子が散乱し、文房具が飛び散った。キャーッと女の子達が悲鳴を上げる。
「ケンカだ! ケンカだ!」
「誰か先生呼んで来いよ!」
クラス中が大騒ぎになった。
「谷川君……」
陽子が心配そうにのぞき込む。水流は、倒れた拍子にぶちまけられた筆箱の中身を払いのけながら起き上がった。床にカラカラと転がるえんぴつの音がやけに響く。

「チッ! 今のは効いたぜ」
と、手の甲で唇の端を拭うと、しっかり抱えていたノートを陽子に渡すと、再び、五十嵐達に向き直った。
「おいらをなめるな! これからは、テメーらの好きにはさせねー!」
「ホウ。やるってのか?」
一触即発。クラス中が異様な空気に包まれた。と、その時。始業のベルが鳴り、担任が駆けつけて来た。
「さあさ。みんな、何やってるの? すぐに片付けて、席に着いて! 授業が始まるわよ」
水流と五十嵐はギンとにらみ合っていたが、他の生徒達が倒れた机や散らばったえんぴつやケシゴムを片付け始めると、二人は渋々その場を離れた。水流が自分の机を直していると陽子が筆箱をそろえてくれた。

「さっきは、ありがとう。ごめんなさい。わたしのせいで」
「いいんだ。悪いのはあいつなんだから。に、しても、みんな、何であんな奴をのさばらせておくのさ?」
「それは……」
と、陽子は口ごもった。
「ホラ。そこ。出席を取りますよ。席に着いて」
先生に促され、陽子は自分の席に戻って行った。が、水流は、その日一日、気分が晴れずにいた。


夕方。火炎は桃香を保育園から連れて来ると言った。
「ちょっと出かけて来る。夕飯までには戻るから、その間、桃香を見ててくれないか?」
「オーケー。おやすいご用さ。おいら、こう見えても、小さい子遊ばせるのは慣れてるんだ。安心して行って来いよ」
と言って、水流は桃香の肩に手を置くと、軽く手を振り、火炎を見送った。
「さーて。桃ちゃん。何して遊ぼうか?」
と、水流がきいた。が、桃香は何となく元気がない。
「大丈夫。火炎なら、すぐに帰って来るよ。そう言ってたろ?」
「……ううん。ちがうの」
と言って、また、うつむいてしまう。

「何かあったの?」
「……桃香ね、火炎が好きよ。それに、水流も。でも……。桃香にはママいないから……」
「さみしいのかい?」
「……ユウちゃんのママもタアくんのママも、みんなきれいにお化粧してるの。サナちゃんのママは、こーんなヒラヒラのついたエプロンしてて、お花の髪飾りしてた」
うんうんと水流はうなずき、それからニッコリ笑って言った。
「よし! それならさ、今度、桃ちゃんを迎えに行く時、火炎にママになってもらおうよ。口紅つけて、スカートはかせて、フリルつきのエプロンに花飾りつけてさ」
「フフフ。おもしろーい。そうだ。水流。おママごとしようよ。桃香がママね。それで、水流は赤ちゃん。さあ、いい子ね。抱っこしてあげる」
言うと桃香は水流の体をギューッと抱きしめた。

「桃ちゃん……」
じわりとあたたかさが伝わって、水流はうっとりと少女を眺めた。
「ダメよ。水流。桃ちゃんじゃないでしょ? ちゃんとママって呼ぶのよ」
「ハーイ。ママァ。おなかがちゅいた。オッパイ」
「ハイハイ。いい子でしゅね。ちょっと待っててね。今、あげまちゅからね」
桃香の小さな手が触れてくると、何ものにもかえがたいやさしい感情が水流の胸に伝った。
(人間の子供の手。何てやわらかくて、気持ちがいいんだろう。やっぱり人間っていいな)

それから、しばらくすると、桃香が言った。
「ねえ、水流。水流は花火したことある?」
「え? ああ、あるよ」
「きれい?」
「ああ。すっげえきれいだよ」
「ふうん。いいな。桃香、一度もないの。それでね、ユウちゃん達がバカにするんだよ」
「それで、桃ちゃんは元気がなかったの?」
「だって、くやしいんだもん。桃香も花火したいんだ。きれいな花火見て、みんなに言ってやりたいの。桃香も花火したよって」
「花火か……もう、秋だしなあ」
水流が少し困ったように言う。と、
「花火できないの?」
と、桃香が悲しそうにきいた。
「よし! おいらが何とかしてやるよ」

水流は、早速、近所の店にきいてみたが、どの店も、もう花火は取り扱っていないと言う。外は、すっかり暗くなっていた。と、そこへ、バッタリ大家のおばさんに会った。
「アラ。水流君に桃香ちゃんじゃないの。どこに行くの?」
「あ、こんばんは。ちょっとききたいんですけど、この辺で花火売ってる店知りませんか? 何軒かきいてみたんですけど、もう、どこにも置いてなくて……」
「そうねえ。何と言っても、もう秋ですからね……そうだわ。もしかすると、家に去年の残りがあるかもしれないわ。ちょっと待ってね。今、見て来てあげる」

それから少しすると、おばさんが出て来てニコニコと言った。
「去年、孫が遊びに来た時の残りだけど。一袋あったからあげるわ。確か、使いかけのロウソクもいっしょに入れてあったと思うから。よかったら使ってね。時岩君がいっしょなら大丈夫だと思うけど、くれぐれも気をつけてやるのよ」
と、おばさんが念を押した。水流達は礼を言うと、アパートの裏庭へ行った。そこで、水流が袋から花火を出し、桃花に持たせた。

「ホラ。これが花火さ。待ってて。今、火をつけるから。暗くなって来たから丁度いいや」
そう言うと水流はカチッとライターのボタンを押し、シュバッと火をつけた。
「火だ……」
と、桃香が言った。
「さあ、貸してごらん?」
桃香が持っていた花火を自分の手に受け取ると、水流は素早く火をつけた。たちまちシュシュシュパチパチと棒の先から色つきの火花が散った。桃香は、じっとそれを見ていた。
「どう? きれいだろ? 桃ちゃんのにもつけてあげる」
と言って、火を近づけた。桃香の持っていた花火にも火がついて、シュシューッと音を立てて火花が噴き出す。炎の陰影が不気味にその頬を照らし、煙がフワリと怪物のように膨れ上がった。

「い…や……。いやだ! やめて! 恐いよっ! 火が……」
桃香は持っていた花火の全部をギュッと強く握った。シュシュシュボボボッパチパチパチッ……! 火は始めの一本から次々と燃え移り大きな一本の炎になった。
「いやーっ! 恐い! 恐いよ! 火炎!」
桃香は固く握った花火の束を振り回した。
「桃ちゃん、放せ! 花火を放すんだ」
水流があわてて桃香を鎮めようとするが、桃香はすっかりパニックを起こしていて泣き止まない。そのうち、ホイッと花火の束を力まかせに投げ捨てた。それから、ガタガタと体を震わせると意識を失った。
「桃ちゃん! 桃ちゃん? 大丈夫かい? しっかりして! 桃香……!」
グッタリしている桃香を抱いて、水流は何度も名を呼び、叫んでいた。と、その時。

「火事だ!」
誰かが叫んだ。背後で火が燃えていた。先程、桃香が投げた花火が引火したのだ。大家のおばさんが血相変えて駆けつけて来るのが見えた。手に青いバケツを持っている。が、火はもうすでにアパートの一階の壁に燃え移り、一気に燃え広がろうとしていた。
(このままじゃ、間に合わねー!)
水流は水を呼び、大きく片腕を振った。すると、たちまちその体から腕から水の壁が立ち上がって炎をおおい、これを制圧した。火は消え、アパートは大事には至らなかった。目を丸くし、腰を抜かして倒れているおばさんと外壁からポタリポタリと伝うしずく。誰かが呼んでくれたらしい救急車が到着し、未だ、意識のない桃香を運んで行った。


「バカヤロー!」
火炎が怒鳴り、水流を殴りつけた。
「あれほど、桃香の前で火は使うなと言っておいたのに……! 桃香は、火を見ると発作を起こすんだ。ヘタをすれば、命だって危ない。だから、忠告したのに……。それを……!」
壁にたたきつけられたまま、水流はヘタリ込み、頭を床にこすりつけた。
「すまねー。こんなことになったのも、みんな、おいらのせいだ」
泣きそうな水流。だが、火炎は切り捨てるように言った。
「そのようだな。やはり、おまえは疫病神だ。もし、桃香に何かあってみろ。ただじゃすまさん」
「ああ。そん時は、かまわねー。おめーの好きにしていいから。今度のことは、みんな、おいらが悪いんだ」

幸い、桃香は無事だった。手当てが早かったせいで、すぐに意識を取り戻し、家に戻って来たのだ。そして、今は穏やかに眠っている。だが、火炎の気持ちは収まらなかった。
「出てけ!」
と、火炎が言った。
「おまえのような奴、もう、顔も見たくない」
水流は黙ってうなだれている。が、やがて、震える手で拳を握った。
「……ごめん」
そうして、水流は家を出た。が、ドアを閉める前に振り返って言った。
「けど、これだけは信じてくれ。おいらだって、桃香が好きなんだ。あたたかくて、やわらかくて、やさしい人間の桃香が……もし、その桃香が、タケルのようにいなくなってしまったら……もし、本当に死んでしまったら、どうしようって……おいら、恐かった。本当に、おいら、死ぬ程恐かったんだよ……」
背中を向けたままの火炎と安らかに眠っている桃香……。そんな二人を交互に見、水流はそっとドアを閉め、アパートの階段を下りて行った。


「あーあ。これからどうしよう? おいら、行くアテもねーしな……」
暗い夜道をトボトボ歩きながら、水流は考えた。滅多に人通りもなく、車さえも通らない。さみしい道だった。
「いやだな。いかにもお化けか何か出そうでゾクゾクする……。おいら、そういうの苦手なんだよな」
一人でそんなことをブツブツつぶやいていると、不意に目の前の路地を横切る白い影を見て、思わず足がすくんだ。が、よく見れば、それは人だった。
(何だ。人間だったんじゃねーか。おどかしやがって)
水流がホッとして引き返そうとした時、突然、
「砂地さん」
という声が聞こえて足が止まった。

(砂地だって?)
水流は、その正体を確かめようと電柱の影に隠れた。三人いた。大柄な男は背中を向けている。斜めに立つやや小柄な男はメガネをかけているのがわかる。そして、もう一人、細身で中背の男がチラとこちらを見た。鋭い眼光。陰険な微笑。
(奴だ! 奴に間違いない。確かに、おいらが火事の現場で見た男だ。あいつ、まだ、こんな所でウロウロしてたのか。よし。火炎に知らせて……)
と思った時。ふと、水流は別のことを思いついた。
(そうだ。おいらがあいつをやっつけて桃ちゃんの敵をとってやろう! そうだ。それがいい。火炎はまだ怒ってんだろうし、おいらだって、これ以上、失敗ばかりしてたまるかってんだ。覚悟してろよ。砂地)
ところが、水流が走り出そうと飛び出した時には、もう三人は動き始めていた。スッと闇に溶け込んで、三人共、すでに姿が見えなくなっていたのだ。

「ちくしょー! どこに行きやがった?」
きっと彼らは妖怪で、人間から原型の姿へと変化して紛れたのにちがいなかった。そうでなければ、こんなに早く消えるはずがない。暗くても見通しのきく道路だった。
「チッ! また、逃げられちまった。まったく、逃げ足だけは早い野郎だぜ」
とキョロキョロしながら夜の道を走る。すると、数十メートルも行かないうちに水流が通っている学校の通りに出た。どこまでも続く学校の塀をたどりながら、水流はつぶやいた。
「市立第三中学校か。もう、ここへは通えねーのかなあ? 火炎の家、追い出されたら…」
塀越しにのぞくと、校舎はまるで巨大なメカか怪物のように不気味にこちらを見つめていた。窓の配置とボウッとした照明が、何となくそんな印象を与えたのだ。

「まさかね。おいら、今夜はとことんどうかしてるぜ」
水流は軽く頭を振って、もう一度校舎を見た。すると、校舎の中で動く人影が……。それは、同級生の五十嵐だった。
「あいつ、こんなに遅く、学校で何してやがるんだ? あそこは、確か職員室だ」
時折、懐中電灯の明かりがチラチラのぞく。
「ヤロー! きっとロクでもねーことしてんだな? 丁度いい。こちとらだってムシャクシャしてんだ。こうなったら、昼間の決着つけてやる!」
そう言って、水流は高い学校の塀をヒョイと跳び越え、校舎へ向かって駆け出した。


「お願い。水流を叱らないで」
と桃香が言った。目を覚ました桃香が火炎に懇願したのだ。
「桃香が悪いの。桃香が、どうしても花火が見たいって言って水流を困らせたから。それで、水流がおばちゃんに頼んで花火もらったの。とてもきれいだったよ。これで、もうユウちゃん達からバカにされないよ。明日は保育園に行って、みんなに言ってやるの。桃香だって花火やってもらったんだよって。だから、水流を叱らないで。お願い」
火炎はゆっくりとうなずいた。
「で、ね。昨日は、水流とおママごとしたの。楽しかったよ。桃香がママでね、水流が赤ちゃん。でもね、水流ってば、大っきい声で『オッパイ! オッパイ!』なんて叫ぶんだもん。桃香ママは恥ずかしかったわ」
と、うれしそうに話した。
「桃香……」
火炎はそんな桃香をじっと見つめていた。
(桃香が、こんなに話をするなんて……こんなにうれしそうに……)

それからしばらくして、桃香が眠ると、火炎は、そっと家を出た。そして、学校の近くでクサクサしていた水流を見つけた。
「コラッ! いつまでフラフラと夜遊びをしている? 明日、起きられなくて学校に遅刻しても知らないぞ」
明るい街灯の下で火炎が言った。と、水流がポカンとその姿を見つめる。
「戻って来い。桃香が心配していた」
「ほんと?」
水流がうれしそうに言った。
「花火はきれいだったそうだ。それから、おまえを叱らないでくれと言われた」
「え? 桃ちゃんが? おいら、感激だなあ」
水流がウルウルとした目で言った。

「だが、覚えておけ。たとえ、桃香が許しても、おれはおまえを許すつもりはない」
と、冷たく言う。が、水流はかまわず、火炎の手を取るとうれしそうに言った。
「そんじゃあ、早く帰ろうよ。おいら、おなかがペコペコなんだ」
その言葉に、火炎が呆れたように言った。
「フッ。おまえ、ホントにこりない奴だな。と言うか、根っからのバカなのか……」
「何だよ? 火炎。おめー、バカって言うと、自分がバカになるんだぞ」
「そうか?」
「そうだよ!」
(ったく。結局、五十嵐にまで逃げられて、今夜はホント、くたびれ損な一日だった。砂地のことは、まだ黙ってよう。後で捕まえてビックリさせてやるんだ)
と、水流は心の中で画策していた。

「おい。そこのコンビニで何か買って行くか?」
と、歩きながら火炎がきいた。
「え? あ、うん」
そのあまりにあいまいな返事に火炎は怪訝に思ってきいた。
「おい。何をニヤニヤしている?」
「え? 別に。何でもねーよ」
「どうせまた、ロクでもないことを考えてるんだろう?」
「そんなことねーってば」
「じゃ、コンビニによるのはやめるか?」
「えー? いやだよ!」
水流はだだっ子のようにゴネ、それから、急にパッと顔を輝かせて言った。
「あ、そうだ。桃ちゃんにもおいしいプリン買って行ってやろうよ。おいら、プリン大好きなんだ」
「そうだな……」
火炎が返事した時には、もう水流は店の中にいた。